苦難の時にいると気づいたとき
Mother Maryが僕のところに現れて
素晴らしい言葉をくれたんだ
「なるがままに」
僕が暗い時を過ごしていると
彼女はそうささやいた
「なるがままに」
心が傷だらけの世界の人々が
心を一つにすれば答えは必ずある
彼らは離れ離れになってしまうかもしれないけど
また会うチャンスはある 答えは必ずあるから
曇った夜空にも僕を照らしてくれる明かりはある
そして夜が明けるまで照らしてくれるんだ・・だから今はただ・・・
「音楽」で目を覚ますと
Mother Mary come to me Speaking words of wisdom
答えは必ずあるから
俺の勝手な解釈
今はとても辛い 暗い世界に覆われて前も見えない どうしたらいいんだろう?
そんな時に彼女「Mother Mary」が囁いてくれる
大丈夫!あなたはあなたのままで・・そのままで・・自信をもって前に進めばいい
誰かが必ず見ててくれる
このまま離れ離れになってしまう どうしたらいいのだろう??
そんな時に彼女「Mother Mary」が囁いてくれる
大丈夫!またきっと会えるから 会える方法は必ず見つかるから
音楽がある限り答えは必ずあるのかも・・
だから音楽をやめちゃダメなのかもしれないな
Let it be・・・・
2017/11/10
深いのかも
緑豊かな木々と美しい赤いバラ
それらは 私と君のために咲いてるように思える
そして 心の中で思うんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
どこまでも続く青い空と白い雲
明るく祝福された昼間 暗く神聖な夜
そして 心の中で思うんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
空にとても綺麗な虹が架かる
行き交う人々の顔にもね
友人たちが「元気か?」って握手するんだ
でも彼らは本当は「愛してる」って伝えてる
赤ん坊が元気に泣いている 彼らが成長するのを見守るんだ
彼らは私よりもずっと多くのことを学ぶだろう
そして 心の中で思うんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
そう 心の中で思うんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
最近よく演奏する曲の一つだけど・・
ハッピーソングというか・・歌詞を見ると本当にホンワカしてる感じでいいなって思ってたんだ
でもさ・・これってそんなに単純なハッピーソングじゃなさそう
サッチモの唄で有名だが1967年にボブという音楽プロデューサーとジョージが作詞作曲したとなっている
この1967年はベトナム戦争真っただ中で平和な世界を夢見て書いたと・・
そうなのさ だからこの詩は「夢」なんだね
こうなったらいいな~っていう夢
だから「心の中で思うんだ なんて素晴らしい世界なんだろう」なんだね
なぜ「心の中で」なんだろう?もこれでわかる気がする
戦争の中では豊かな木々も赤いバラも青い空も白い雲も昼も夜も
身の回りに普通に存在するのにきっと目に入らないんだろうね
人が行き交うときは銃があり生死を争う
そうじゃなく 愛してるって握手しあえたら・・
赤ん坊の成長を見守れることさえ出来ない
もうこんな戦争は嫌だ!っていう痛烈なメッセージなんだろう
ここまで痛烈なものではないけど
俺たちの身の回りにも争いごとや嫉妬みたいな黒くドロドロしたものがあるよね
そんなことに巻き込まれるのはもうウンザリ
ちょっと空を見上げたら澄んだ青い世界に白い雲がポッカリ
路地に目をやると小さな黄色い花や赤い実が・・
そして思うんだ どうして気づかなかったんだろう?こんなに素晴らしい世界なのに・・
What a wonderful world
それらは 私と君のために咲いてるように思える
そして 心の中で思うんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
どこまでも続く青い空と白い雲
明るく祝福された昼間 暗く神聖な夜
そして 心の中で思うんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
空にとても綺麗な虹が架かる
行き交う人々の顔にもね
友人たちが「元気か?」って握手するんだ
でも彼らは本当は「愛してる」って伝えてる
赤ん坊が元気に泣いている 彼らが成長するのを見守るんだ
彼らは私よりもずっと多くのことを学ぶだろう
そして 心の中で思うんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
そう 心の中で思うんだ
なんて素晴らしい世界なんだろう
最近よく演奏する曲の一つだけど・・
ハッピーソングというか・・歌詞を見ると本当にホンワカしてる感じでいいなって思ってたんだ
でもさ・・これってそんなに単純なハッピーソングじゃなさそう
サッチモの唄で有名だが1967年にボブという音楽プロデューサーとジョージが作詞作曲したとなっている
この1967年はベトナム戦争真っただ中で平和な世界を夢見て書いたと・・
そうなのさ だからこの詩は「夢」なんだね
こうなったらいいな~っていう夢
だから「心の中で思うんだ なんて素晴らしい世界なんだろう」なんだね
なぜ「心の中で」なんだろう?もこれでわかる気がする
戦争の中では豊かな木々も赤いバラも青い空も白い雲も昼も夜も
身の回りに普通に存在するのにきっと目に入らないんだろうね
人が行き交うときは銃があり生死を争う
そうじゃなく 愛してるって握手しあえたら・・
赤ん坊の成長を見守れることさえ出来ない
もうこんな戦争は嫌だ!っていう痛烈なメッセージなんだろう
ここまで痛烈なものではないけど
俺たちの身の回りにも争いごとや嫉妬みたいな黒くドロドロしたものがあるよね
そんなことに巻き込まれるのはもうウンザリ
ちょっと空を見上げたら澄んだ青い世界に白い雲がポッカリ
路地に目をやると小さな黄色い花や赤い実が・・
そして思うんだ どうして気づかなかったんだろう?こんなに素晴らしい世界なのに・・
What a wonderful world
2017/09/06
57年目が始まったね
昨日は特別な日だったので少し自分の考えをここに残してみようかな?
まず俺が生まれた1960年というのはどんな時代だったんだろうか?
1945年に第二次世界大戦が終わり激変し始めてから15年後・・・
まだまだ変化は続いていたんだろうか?
他の国の人とは言え 人が人を殺すことを許された というか殺すことが美徳とされていた時代に生きていた人々は15年たってその考えは変わったのだろうか?
そんなころにこの世に生まれてきた俺が幸運にも今まで殺されずに生きている
俺は俺の時代しか知らないし、しかも身の回り程度の事しか知らない
親が・・その兄弟が・・そのまた親が・・な~んにも知らないで今まで生きてきた
これでいいのだろうか? このままでいいのだろうか?
そう思ってね 自分のルーツを探ってみたよ
勿論自分だけではなく親・親の兄弟・親の両親・その兄弟・またその親・・・
でも途中でやめたよ 虚しさとでも言うのかな? 知ってどうするんだ?何が知りたいんだ?って思い始めてね
勿論知りたかったことは知れた でも知らなくてもいいことまで分かってしまう
俺にその覚悟は出来ていたんだろうか?
親の兄弟の末っ子 おれから見ると叔母にあたる人もその一人で
親や兄弟からは何も教えられないで育ったそうで・・
実際自分が何人兄弟なのかも知らされていなかった
その叔母に俺が分かったことを知らせてあげたんだ、でも全部は言えなかったな
そんな叔母は別れ際に俺に「ありがとう」と言ってくれたが 本当にありがたかったんだろうか?知らないまま芝生の下に眠ったほうがよかったんじゃないだろうか?
俺の親がそうしたように・・・
去年 俺はたくさんの友達を失った(と思う・・)
理由は・・わからない・・
元来おれは「来るもの拒まず。去る者追わず。」で生きてきた
自らも行ったり去ったりってことは粗なかったんじゃないだろうか?
たぶんそんな俺がひとつだけ自ら去ると断言したことがあったからそれが原因だとは思う
でも去る理由もその時の気持ちも誰にも伝えていないのに周りは想像したのだろうか?予想以上の友人たちが何かを決めつけたように俺の前から消えていった
これも事実を知りたいとも思うか?いや知ってどうするんだ?知らないほうがよかった事実とか出てくるんじゃないかな?そう思うとやはり「去る者追わず」のほうがいいかな?
そうか 「来るもの拒まず、去る者追わず。」は自分にとって一番楽な生き方なんだな
要するにどちらも俺自身に意思は必要ないし反省の必要もない、苦しむことも哀しむこともその言葉で全て解決してしまうからね
人は一人では生きていけない・・・
本当だろうか?
真の友人は必要ないとは思うが、適度な友人は必要かもね
だって遊び相手は欲しいからね でもそれだけじゃないのかな?
遊びが無くなればその友人もいらなくなる・・
では家族は必要か?
親が生きたから俺が生きたのはわかるよ でも親だって必死に生きるんだ とにかく生き抜くために必死さ そんななかで子が邪魔になることもあるんだと思う
もしくは自分と一緒じゃ生き抜けないからと人に委ねることだって・・
じゃ家族って何? 一緒に住んでいれば家族なのか?
1人になりたい=家族を捨てたい なんだろうか?
そうだとすると家族というものはそんな時にはとてつもなく邪魔な存在なんじゃないだろうか?
簡単に去ることも出来ないしね
そんなことをボヤ~っと思わさる・・
俺の言葉や行動にはどんな影響力があるんだろう?
一言でたくさんの友人がいなくなったり
一言で親族から感謝されたり
その一方で
俺がどう考えているのか?直接聞けない人もいる・・
俺が何を考えるのか?何を感じるのか?がそんなにもその人達の人生に影響するんだろうか?
じゃ俺はどこを見て何を見て生きていけばいいのだろう?
自分の気持ちを殺し 自分の言葉を殺し 自分の考えを殺す
そうすると周りは幸せになる・・・キッツイな~
1945年までは人を殺すことが美徳だったのに
57年経った今、2017年は人ではなく自分を殺すことが美徳となったのだろうか?
ふっと身の回りを見渡してみると・・いろいろな人たちが複雑に絡み合っているよね
俺が中心の放射状ではなく本当に複雑に絡み合っていて 一本の糸を切ったときにどこが緩むのか何が外れるのか?さっぱりわからない
自分が自分のままで生きていく、言いたいことを言い、やりたいことをやる。
周りの人が傷つこうが哀しもうがお構いなしで我が道だけを見て生きていく
そうすればおのずと俺は一人になるよね
やっぱ一人では生きていけないのかなぁ
まず俺が生まれた1960年というのはどんな時代だったんだろうか?
1945年に第二次世界大戦が終わり激変し始めてから15年後・・・
まだまだ変化は続いていたんだろうか?
他の国の人とは言え 人が人を殺すことを許された というか殺すことが美徳とされていた時代に生きていた人々は15年たってその考えは変わったのだろうか?
そんなころにこの世に生まれてきた俺が幸運にも今まで殺されずに生きている
俺は俺の時代しか知らないし、しかも身の回り程度の事しか知らない
親が・・その兄弟が・・そのまた親が・・な~んにも知らないで今まで生きてきた
これでいいのだろうか? このままでいいのだろうか?
そう思ってね 自分のルーツを探ってみたよ
勿論自分だけではなく親・親の兄弟・親の両親・その兄弟・またその親・・・
でも途中でやめたよ 虚しさとでも言うのかな? 知ってどうするんだ?何が知りたいんだ?って思い始めてね
勿論知りたかったことは知れた でも知らなくてもいいことまで分かってしまう
俺にその覚悟は出来ていたんだろうか?
親の兄弟の末っ子 おれから見ると叔母にあたる人もその一人で
親や兄弟からは何も教えられないで育ったそうで・・
実際自分が何人兄弟なのかも知らされていなかった
その叔母に俺が分かったことを知らせてあげたんだ、でも全部は言えなかったな
そんな叔母は別れ際に俺に「ありがとう」と言ってくれたが 本当にありがたかったんだろうか?知らないまま芝生の下に眠ったほうがよかったんじゃないだろうか?
俺の親がそうしたように・・・
去年 俺はたくさんの友達を失った(と思う・・)
理由は・・わからない・・
元来おれは「来るもの拒まず。去る者追わず。」で生きてきた
自らも行ったり去ったりってことは粗なかったんじゃないだろうか?
たぶんそんな俺がひとつだけ自ら去ると断言したことがあったからそれが原因だとは思う
でも去る理由もその時の気持ちも誰にも伝えていないのに周りは想像したのだろうか?予想以上の友人たちが何かを決めつけたように俺の前から消えていった
これも事実を知りたいとも思うか?いや知ってどうするんだ?知らないほうがよかった事実とか出てくるんじゃないかな?そう思うとやはり「去る者追わず」のほうがいいかな?
そうか 「来るもの拒まず、去る者追わず。」は自分にとって一番楽な生き方なんだな
要するにどちらも俺自身に意思は必要ないし反省の必要もない、苦しむことも哀しむこともその言葉で全て解決してしまうからね
人は一人では生きていけない・・・
本当だろうか?
真の友人は必要ないとは思うが、適度な友人は必要かもね
だって遊び相手は欲しいからね でもそれだけじゃないのかな?
遊びが無くなればその友人もいらなくなる・・
では家族は必要か?
親が生きたから俺が生きたのはわかるよ でも親だって必死に生きるんだ とにかく生き抜くために必死さ そんななかで子が邪魔になることもあるんだと思う
もしくは自分と一緒じゃ生き抜けないからと人に委ねることだって・・
じゃ家族って何? 一緒に住んでいれば家族なのか?
1人になりたい=家族を捨てたい なんだろうか?
そうだとすると家族というものはそんな時にはとてつもなく邪魔な存在なんじゃないだろうか?
簡単に去ることも出来ないしね
そんなことをボヤ~っと思わさる・・
俺の言葉や行動にはどんな影響力があるんだろう?
一言でたくさんの友人がいなくなったり
一言で親族から感謝されたり
その一方で
俺がどう考えているのか?直接聞けない人もいる・・
俺が何を考えるのか?何を感じるのか?がそんなにもその人達の人生に影響するんだろうか?
じゃ俺はどこを見て何を見て生きていけばいいのだろう?
自分の気持ちを殺し 自分の言葉を殺し 自分の考えを殺す
そうすると周りは幸せになる・・・キッツイな~
1945年までは人を殺すことが美徳だったのに
57年経った今、2017年は人ではなく自分を殺すことが美徳となったのだろうか?
ふっと身の回りを見渡してみると・・いろいろな人たちが複雑に絡み合っているよね
俺が中心の放射状ではなく本当に複雑に絡み合っていて 一本の糸を切ったときにどこが緩むのか何が外れるのか?さっぱりわからない
自分が自分のままで生きていく、言いたいことを言い、やりたいことをやる。
周りの人が傷つこうが哀しもうがお構いなしで我が道だけを見て生きていく
そうすればおのずと俺は一人になるよね
やっぱ一人では生きていけないのかなぁ
2017/08/17
2017/07/19
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