2017/09/06

57年目が始まったね

昨日は特別な日だったので少し自分の考えをここに残してみようかな?

まず俺が生まれた1960年というのはどんな時代だったんだろうか?
1945年に第二次世界大戦が終わり激変し始めてから15年後・・・
まだまだ変化は続いていたんだろうか?
他の国の人とは言え 人が人を殺すことを許された というか殺すことが美徳とされていた時代に生きていた人々は15年たってその考えは変わったのだろうか?
そんなころにこの世に生まれてきた俺が幸運にも今まで殺されずに生きている
俺は俺の時代しか知らないし、しかも身の回り程度の事しか知らない
親が・・その兄弟が・・そのまた親が・・な~んにも知らないで今まで生きてきた
これでいいのだろうか? このままでいいのだろうか?
そう思ってね 自分のルーツを探ってみたよ
勿論自分だけではなく親・親の兄弟・親の両親・その兄弟・またその親・・・
でも途中でやめたよ 虚しさとでも言うのかな? 知ってどうするんだ?何が知りたいんだ?って思い始めてね
勿論知りたかったことは知れた でも知らなくてもいいことまで分かってしまう
俺にその覚悟は出来ていたんだろうか?
親の兄弟の末っ子 おれから見ると叔母にあたる人もその一人で
親や兄弟からは何も教えられないで育ったそうで・・
実際自分が何人兄弟なのかも知らされていなかった
その叔母に俺が分かったことを知らせてあげたんだ、でも全部は言えなかったな
そんな叔母は別れ際に俺に「ありがとう」と言ってくれたが 本当にありがたかったんだろうか?知らないまま芝生の下に眠ったほうがよかったんじゃないだろうか?
俺の親がそうしたように・・・

去年 俺はたくさんの友達を失った(と思う・・)
理由は・・わからない・・
元来おれは「来るもの拒まず。去る者追わず。」で生きてきた
自らも行ったり去ったりってことは粗なかったんじゃないだろうか?
たぶんそんな俺がひとつだけ自ら去ると断言したことがあったからそれが原因だとは思う
でも去る理由もその時の気持ちも誰にも伝えていないのに周りは想像したのだろうか?予想以上の友人たちが何かを決めつけたように俺の前から消えていった
これも事実を知りたいとも思うか?いや知ってどうするんだ?知らないほうがよかった事実とか出てくるんじゃないかな?そう思うとやはり「去る者追わず」のほうがいいかな?

そうか 「来るもの拒まず、去る者追わず。」は自分にとって一番楽な生き方なんだな
要するにどちらも俺自身に意思は必要ないし反省の必要もない、苦しむことも哀しむこともその言葉で全て解決してしまうからね

人は一人では生きていけない・・・
本当だろうか? 

真の友人は必要ないとは思うが、適度な友人は必要かもね
だって遊び相手は欲しいからね でもそれだけじゃないのかな?
遊びが無くなればその友人もいらなくなる・・

では家族は必要か?
親が生きたから俺が生きたのはわかるよ でも親だって必死に生きるんだ とにかく生き抜くために必死さ そんななかで子が邪魔になることもあるんだと思う
もしくは自分と一緒じゃ生き抜けないからと人に委ねることだって・・
じゃ家族って何? 一緒に住んでいれば家族なのか?
1人になりたい=家族を捨てたい なんだろうか?
そうだとすると家族というものはそんな時にはとてつもなく邪魔な存在なんじゃないだろうか?
簡単に去ることも出来ないしね
そんなことをボヤ~っと思わさる・・

俺の言葉や行動にはどんな影響力があるんだろう?
一言でたくさんの友人がいなくなったり
一言で親族から感謝されたり
その一方で
俺がどう考えているのか?直接聞けない人もいる・・
俺が何を考えるのか?何を感じるのか?がそんなにもその人達の人生に影響するんだろうか?


じゃ俺はどこを見て何を見て生きていけばいいのだろう?
自分の気持ちを殺し 自分の言葉を殺し 自分の考えを殺す
そうすると周りは幸せになる・・・キッツイな~

1945年までは人を殺すことが美徳だったのに
57年経った今、2017年は人ではなく自分を殺すことが美徳となったのだろうか?

ふっと身の回りを見渡してみると・・いろいろな人たちが複雑に絡み合っているよね
俺が中心の放射状ではなく本当に複雑に絡み合っていて 一本の糸を切ったときにどこが緩むのか何が外れるのか?さっぱりわからない

自分が自分のままで生きていく、言いたいことを言い、やりたいことをやる。
周りの人が傷つこうが哀しもうがお構いなしで我が道だけを見て生きていく
そうすればおのずと俺は一人になるよね

やっぱ一人では生きていけないのかなぁ




2017/08/17

動くか・・・

なんだか天気もさっぱりよくならないなぁと思っていたが
時間だけは着々と過ぎていくわけで
もうこんな時期になってしまったのか・・
と思うな

さてと・・・そろそろかな

2017/07/05

新しい出会いは楽しいね

彼女はオルガさん 今回のツアーの元締め? とっても働いていたね 俺たちは彼女にとても助けられたよ
 空港に降りたときにこの歓迎 色丹に行った時も船から降りたとき同じ歓迎を受けたなぁ
 同じベースマンとしての会話はとっても楽しかったよ! 楽屋のタバコ部屋は本当に楽しかったな
ハンドメイドの革製品ショップでブレスレットを購入 シンプルでいい感じだよ
 ステージスタッフの二人 言葉は全然通じないけど ちゃんと要求には答えてくれたよ さすがだな
 もう一つの会場で売っていたブレスレット 彼女のおすすめの1品 英語で「FREND」と書いてあった
 市場のおばちゃん リンゴを一個買って写真を一緒に!って頼んだらこれだよ (笑)
周りの人たちは「こいつを日本に連れて行ってくれ!」って言ってた と思う (笑)
お国は違ってもおばちゃんのパワーは凄いね
楽屋に連れ込まれてこれだよ (笑)
おばちゃん軍団にもみくちゃにされた

 んで そのおばちゃんたちが「こんどはあんたたちが撮りなさい!」とこの絵だよ
あはは 苦笑
 3会場を俺たちと一緒に回っていたみたい
ロビーで自分の作品を売っていたみたいなだけど 最終日が終わって外でタバコ吸ってたっけこいつを渡されたのにはびっくり
沢山ある作品の中から なぜこの絵なんだろう?
不思議だ (笑)
 おそらくこの国に来ている日本で一番偉い人 偉さは感じないけどね 
きっとそうだと思うな
 んで最近まで一番偉かった人 (笑)
どこかで会ったような・・テレビで見たのかな?
ボランティアで通訳していた大学生2人
アリョーナとイーラ
お金を貯めて日本に行くんだって
頑張れ!





今回のツアーでもたくさんの人と出会いたくって たくさんの人と話がしたくって
このほかにも沢山の人と出会い 話しましたよ
写真も求められたしサインもした
みんな気さくな楽しい人たちだったね
ツアー中ずっと通訳に奔走してくれたアンナ 彼女が一番話しやすかったな
日本に住んでいただけあってニュアンスもわかってくれたしね

お互いの国の考え方はいあるんだと思うし その立場ってのもあるんだと思うけど
俺たちはただの国民なだけ 国民の前に人間でありたいから立場はあまり考えないようにしよう というか 考えることもなかったと思うね
ただただ楽しかった
ツアーをずっと撮っていたカメラマンはシネマを作ってるって教えてくれた
ベースマンの相方のギターはとてもチャラ男だったしね 
バンドマンは皆フレンドリーですぐに打ち解けたしね

俺は俺の国の中では1億分の1人であって すっごい小さな人間なわけだよ
そんな俺がこの国に何を残すことが出来るんだろうか?
まぁ 大それたことを考えてたわけじゃないけどね

もう一度行けたら また違うことが出来るんだろうね って思うよ

群れの人たちには申し訳ないと思うけど
あなた達に合わせる気はサラサラなかったんです
だから出来る限り勝手に行動させて頂きました (笑)

2017/06/20

隠れ家?

いよいよその時期が来たかな?
ってことでいい場所を見っけたな!
さすがに安価なだけあって古いんだけどね
古民家?ってほどじゃないけどね~
まずは草刈しないと何も出来ないね

さぁここから何が始まるのか?ワクワクするね ♪